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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)177号 判決

スイス国

ウィンターツール ツルヒェルシュトラーセ 41

原告

エスエルエム シュバイツェリッシェ ロコモティブーウント マシネンファブリック アクチェン ゲセルシャフト

代表者

クリスチャン メイヤー

フレイドリッヒ シュテインマン

訴訟代理人弁理士

浅村皓

小池恒明

金子憲司

吉田裕

岩井秀生

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

川本眞裕

浜勇

幸長保次郎

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第9770号事件について平成7年2月24日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

訴外シュバイツェリッシェ ロコモティブーウント マシネンファブリックは、昭和59年5月31日、名称を「車両の減速器」とする発明(後に「車両の制動装置」と補正。以下、「本願発明」という。)について、1983年6月22日スイス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和59年特許願第109802号)をしたが、平成4年1月22日に拒絶査定がなされたので、同年5月25日に査定不服の審判を請求し、平成4年審判第9770号事件として審理された結果、平成7年2月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年3月29日同訴外人に送達された。なお、同訴外人のため出訴期間として90日が附加されている。

同訴外人は、1993年(平成5年)4月8日合併によってズルツァー アーゲーとなり、ズルツァー アーゲーは、1995年(平成7年)7月18日、本願発明の特許を受ける権利を原告に譲渡し、同月25日特許庁長官に対しその旨の届出をした。

2  本願発明の要旨

安全を保持するために所定の最小全制動力を確保する二つのブレーキシステムを有し、急勾配を走行するための鉄道車両、特にラック車両用の制動装置にして、前記二つのブレーキシステムの各々は、ブレーキ(11)と作動ライン(20)によって制御されるアクチュエータ(12)とから成り車両を停止するように構成された複数の機械的ブレーキユニット(7)を有し、前記複数のブレーキユニット(7)の各々は少なくとも二つのブレーキ制御要素(31)によってブレーキをかける方向に作動されて制動力を加えるように構成された車両用の制動装置において、前記二つのブレーキシステムは全てのアクチュエータ(12)を互いに並列させ、また全てのブレーキ制御要素(31)を互いに並列にさせるように組合わされ、車両の全てのブレーキユニット(7)によって発生し得る制動力の和は最小全制動力の二倍より小さいことを特徴とする車両用の制動装置(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、特許請求の範囲(1)に記載された前項のとおりのものと認められる。

(2)  これに対して、昭和54年特許出願公開第151215号公報(以下、「引用例1」という。別紙図面B参照)には車両用制動装置について記載されており、この車両には、2つの回転スタンド2を備えており、両回転スタンド2、2には、2つのホイール・セット6、7の車輪の全てにピストンロッド13、ピストン12を備えた油圧シリンダー11が配設されており、これらの油圧シリンダー11および車輪に設けられた制動面に向かって押しつけることができるブレーキ・ジョウ17とにより、複数のブレーキユニットを構成している(3頁左下欄9行ないし右下欄19行参照)ことが記載されている。

そして、全ての前記油圧シリンダー11は、それぞれ管路(符号なし)により接続管路21に並列に接続されているとともに、操作装置27に備えられた緊急制動弁として機能する制御システム28の制動制御機構33および一般的な制動バルブとして機能する制御システム29の制動制御装置33が、分岐管路22hによって接続管路21に対して並列に接続されており、前記複数のブレーキユニットの各々は、制動制御機構33、33によりブレーキをかける方向に作動されて制動力を加えるようにされている(3頁右下欄20行ないし4頁左下欄2行参照)ことが記載されている。

また、前記車両には、2つの運転スタンドを備えており、この両スタンドには、それぞれ、制御システム28、29に対応した専用のスイッチ48、49を備えた切換装置44、44が設けられており、該スイッチ48、49は、レバー47を操作することによりあるいは接続手段(図示せず)をへて、たとえば、客室より発せられた適当な信号により選択的に調節することができ、このスイッチ48、49の選択的な調節により、結果的に前記制動制御機構33、33が作動させられる(4頁右下欄16行ないし5頁左下欄19行参照)ことも記載されている。

そして、これらの記載からみて、引用例1には、車両用の制動装置について、それぞれの車輪に配設されたピストンロッド13、ピストン12を備えた全ての油圧シリンダー11は、互いに並列にされ、また、2つの制動制御機構33、33は互いに並列させるように組合わされていることが記載されているとともに、このことから、前記の2組の切換装置のいずれから操作されても、また、スイッチ48、49のいずれが動作しても、前記車両の全ての油圧シリンダー11を同時に動作させるように共用させる技術的思想も記載されているものである。

また、前記のようにどの切換装置が操作されても、また、スイッチ48、49のいずれが動作しても前記車両の全ての車輪の油圧シリンダー11が、同時に動作するということは、その機構上これらの全ての制動装置の制動力の和は、安全率を考慮した必要最小の制動力となるように設計されるであろうことは容易に想到し得るところである。

また、昭和57年特許出願公開第18558号公報(以下「引用例2」という。)には、その記載内容からみて、「制動装置を備えたラック車両」について記載されている(別紙図面C参照)。

(3)  本願発明と引用例1記載の発明とを比較検討すると、引用例1記載の「管路(符号なし)、ピストンロッド13、ピストン12を備えた油圧シリンダー11、ブレーキユニット及び制動制御機構33、33」は、記載内容からみて、本願発明の「作動ライン(20)、アクチュエータ(12)、機械的ブレーキユニット(7)及びブレーキ制御要素(31)」に対応するものであるから、両者は、「ブレーキシステムを有する車両用の制動装置にして、複数のブレーキユニットは二つのブレーキ制御要素によってブレーキをかける方向に作動されて制動力を加えるように構成された点」及び「ブレーキシステムは全てのアクチュエータを互いに並列させ、又全てのブレーキ制御要素を互いに並列させるように組合わされた点」において一致し、下記の点において相違している。

a 相違点〈1〉

本願発明が、ブレーキシステムについて、「安全を保持するために所定の最小全制動力を確保する二つのブレーキシステムを有し、前記二つのブレーキシステムの各々は、ブレーキと作動ラインによって制御されるアクチュエータとから成り車両を停止するように構成された機械的ブレーキユニットを有し、前記複数のブレーキユニットの各々は少なくとも二つのブレーキ制御要素によってブレーキをかける方向に作動されて制動力を加えるように構成され」ているのに対し、引用例1にはそのような記載はない点

b 相違点〈2〉

本願発明が、車両用の制動装置について、「急勾配を走行するための鉄道車両、特にラック車両用」であるのに対し、引用例1にはそのような記載はない点

c 相違点〈3〉

本願発明が、「車両の全てのブレーキユニットによって発生し得る制動力の和は最小全制動力の二倍より小さい」のに対し、引用例1の記載にはそのように明示されていない点

(4)  各相違点について検討する。

a 相違点〈1〉について

一般に、ブレーキシステムは、安全を確保するために安全率を考慮して必要な制動力を確保するようにされているが、しかし、必要以上の大きな制動力を確保する必要はなく、安全率を考慮して可能な最小限の制動力を確保するように設計されるであろうことは当然に想到されるところである。

そして、車両に二つのブレーキシステムを設け、前記二つのプレーキシステムの各々に、ブレーキと作動ラインによって制御されるアクチュエータとから成る複数の機械的ブレーキユニットを設けるようなことは、本願明細書にも従来の技術として記載されているように、一般的な2系統のブレーキシステムを備えた車両用の制動装置として引用例を示すまでもなく従来周知のことであり、このような2つのブレーキシステムは、その機能上、それぞれのブレーキシステムが、必要な制動力すなわち前記のような安全率を考慮して可能な最小限の制動力を確保するように設計されるであろうことは当然に想到されるところである。

そして、本願発明の二つのブレーキシステムは、格別特定されたものでもないことを考え合わせると、前記相違点〈1〉については前記従来周知のものと何ら異なるところはなく格別なことではない。

b 相違点〈2〉について

急勾配を走行するための鉄道車両、特にラック車両については、引用例2にも示したようによく知られたものであり、この点についても格別なものではない。

c 相違点〈3〉について

この点は引用例1にも明示されていないし、また、引用例1記載の発明は、本願明細書において既知のものとして示された昭和61年特許出願公告第33741号公報記載のものと同様な内容である。

しかしながら、前記のように、引用例1には、車両用の制動装置について、それぞれの車輪に配設された全てのアクチュエータ(ピストンロッド13、ピストン12を備えた油圧シリンダー11)は、互いに並列にされ、また、2つのブレーキ制御要素(制動制御機構33、33)は互いに並列させるように組合わされたものが記載されているとともに、このことから、前記の2組の切換装置のいずれから操作されても、また、スイッチ48、49のいずれが動作しても、前記車両の全ての車輪のアクチュエータは同時に動作することから、その機能上これらの全ての制動装置の制動力の和は、安全率を考慮した必要最小限の制動力となるように設計されるであろうことは容易に想到し得るところである。

とすると、引用例1記載の制動装置の制動力の和は、従来周知の独立してそれぞれ作動しうる車両の二つのブレーキシステムの全てのブレーキユニットによって発生し得る制動力の和である最小全制動力の二倍より小さいのは当然であり、相違点〈3〉のように構成することも格別なこととは認められない。

以上のとおりであるから、各相違点は格別なものではなく、従来から知られた車両用の制動装置の2つのブレーキシステムが有する複数のブレーキユニットを、引用例1記載の技術的思想のように全てのアクチュエータを共用するようにするとともに、さらに、引用例2記載のようなラック車両用の制動装置として採用して本願発明のように構成することは、当業者が容易に発明することができた程度のものと認められる。

そして、そのように構成したことによって、本願発明が、各引用例記載の発明及び従来周知のものから予測し難い格別の作用効果を奏するものとも認められない。

(5)  したがって、本願発明は、引用例1、2及び従来周知のものに基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定によって特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

本願発明と引用例1記載の発明とが審決認定の一致点及び相違点(ただし、相違点〈3〉の認定を除く。)を有すること及び相違点〈1〉、〈2〉についての審決の判断は争わない。

しかしながら、審決は、相違点〈3〉の認定及び判断を誤り、かつ、本願発明の作用効果の顕著性を看過した結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  相違点〈3〉の認定について

本願発明は、車両の全てのブレーキユニットによって発生し得る制動力の和が最小全制動力の二倍より小さいことを特徴とするものであるが、ここにいう「全てのブレーキユニット」とは、特許請求の範囲に明記されているとおり、「二つのブレーキシステム」を形成している「複数のブレーキユニット(7)」である。

しかるに、審決は、相違点〈3〉として、本願発明が「車両の全てのブレーキユニットによって発生し得る制動力の和は最小全制動力の二倍より小さい」と認定して、殊更に「二つのブレーキシステム」という要件を除外しているが、このような認定は不当である。なぜなら、「二つのブレーキシステム」を有するからこそ、その制動力の和が最小全制動力の二倍以上になりうるのであり、これを二倍より小さいように構成したことが本願発明の特徴をなすからである。したがって、審決の相違点〈3〉の認定は、本願発明が最も特徴とする構成を無視したものであって、その誤りは明らかである。

この点について、被告は、本願発明が要旨とする「二つのブレーキシステム」は「二つの完全に独立して作動しうるブレーキシステム」(本願の訂正明細書2頁8行、9行)ではないと主張するが、全てのアクチュエータが同時に作動するものであっても、「二つのブレーキシステム」であることに変わりはないから、被告の上記主張は当たらない。

(2)   相違点〈3〉の判断について

〈1〉 一方、引用例1記載の装置は、審決が相違点〈1〉として認定しているとおり、「二つのブレーキシステム」を有するものではない。すなわち、引用例1記載の装置は「一つのブレーキシステム」しか有しないのであるから、その制動力の和が最小全制動力の二倍以上にすることは本来ありえない。したがって、審決の「引用例1記載の制動装置の制動力の和は、従来周知の独立してそれぞれ作動しうる車両の二つのブレーキシステムの全てのブレーキユニットによって発生し得る制動力の和である最小全制動力の二倍より小さいのは当然」という説示は、まさしく当然のことを述べているにすぎず、何ら相違点〈3〉の判断の論拠になっていない。

この点について、被告は、引用例1記載の装置は緊急制動弁として機能する制御システム28と、一般制動バルブとして機能する制御システム29とを有しているから、「二つのブレーキシステム」を有しているといえると主張するが、引用例1記載の制御システム28、29は、本願発明が要旨とするブレーキ制御要素であって、本願発明が要旨とするブレーキシステムではない。

〈2〉 審決は、従来から知られた車両用の制動装置の二つのブレーキシステムが有する複数のブレーキユニットを、引用例1に記載された技術的思想のように全てのアクチュエータを共用するようにすることは当業者が容易に発明することができた程度のものと認められると判断している。

しかしながら、引用例1記載の発明は「個々の要素あるいは制御システムの分岐系が故障したときでも制御装置を確実に操作すること」(2頁左下欄8行ないし10行)を技術的課題(目的)とするものであるが、例えば4個のブレーキユニットの制動力をいずれも0.4に設定しておけば、そのうちの1個が故障しても、3個のブレーキユニットによって1.2(すなわち、最小全制動力1.0以上)の制動力が得られるから、「制御装置を確実に操作すること」ができる。そして、「二つのブレーキシステム」を有する制動装置であっても、両ブレーキシステムを同時に使用しない以上(被告が援用する乙第1、第2号証記載のものは、二つのブレーキシステムを通常走行用と緊急停車用とに使い分けるものであって、同時に使用するものではない。)、一つのブレ「キシステムの4個のブレーキユニットの制動力をそれぞれ0.4に設定しておけば、1個のブレーキユニットが故障しても、最小全制動力以上の制動力が得られることは上記と同様である。したがって、引用例1記載の技術的思想をA・B二つのブレーキシステムを有する制動装置に適用すれば、Aのブレーキシステムの各アクチュエータを共用する、あるいは、Bのブレーキシステムの各アクチュエータを共用することで十分であって、A・B二つのブレーキシステムの「全てのアクチュエータを共用する」必要性は全くない。

この点について、被告は、引用例1にはその技術が従来周知の制動装置に適用可能であることが示唆されていると主張するが、引用例1の「互に独立して操作される制動装置を備えた他の車両にも好適」(6頁左上欄11行、12行)という記載体、「互に独立してのみ操作される制動装置を備えた車両」の「各制動装置にも好適」という意味であるから、被告の上記主張は当たらない。

(3)  作用効果について

審決は、本願発明はその構成によって各引用例記載のもの及び従来周知のものから予測し難い格別の作用効果を奏するものとも認められないと判断している。

しかしながら、本願発明によれば、二つのブレーキシステムを通常走行用と緊急停車用とに使い分ける必要がなく(前記のように、被告が援用する乙第1、第2号証記載のものは、二つのブレーキシステムを通常走行用と緊急停車用とに使い牙けるものである。)、いずれの場合であっても二つのブレーキシステムを同時に使用することができるので、従来技術に比して簡単な構造でありながら脱線のおそれのない安全な緊急停車を行うことができるとの作用効果を得ることができる。審決は、本願発明のこのような作用効果の顕著性を看過したものであって、誤りである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  相違点〈3〉の認定について

原告は、審決が相違点〈3〉の認定において、本願発明の「二つのブレーキシステム」という要件を除外したのは誤りであると主張する。

しかしながら、本願発明が要旨とする「二つのブレーキシステム」は、「全てのアクチュエータ(12)を互いに並列させ、又全てのブレーキ制御要素(31)を互いに並列させ」、かつ、「全てのブレーキユニット(7)によって発生し得る制動力の和は最小全制動力の二倍より小さい」ものであるから、「全てのアクチュエータが同時に作動する二つのブレーキシステム」に他ならず、もはや「二つの完全に独立して作動しうるブレーキシステム」(本願の訂正明細書2頁8行、9行)ではない。

一方、引用例1記載の装置が「二つの完全に独立して作動しうるブレーキシステム」を有していないことは事実である。しかしながら、引用例1記載の装置は、緊急制動弁として機能する制御システム28と、一般制動バルブとして機能する制御システム29とを有しているから、その意味においては「二つのブレーキシステム」を有しているということができる。したがって、審決の相違点〈3〉の認定は本願発明が最も特徴とする構成を無視しているという原告の主張は当たらないものであって、相違点〈3〉に係る審決の認定を誤りということはできない。

2  相違点〈3〉の判断について

〈1〉  原告は、引用例1記載の装置は「一つのブレーキシステム」しか有しないのであるから、「引用例1記載の制動装置の制動力の和は、従来周知の独立してそれぞれ作動しうる車両の二つのブレーキシステムの全てのブレーキユニットによって発生し得る制動力の和である最小全制動力の二倍より小さい」という審決の説示は相違点〈3〉の判断の論拠になっていないと主張する。

しかしながら、緊急停止の場合の安全を考慮するならば、車両の全てのブレーキユニットによって発生する制動力の和は、最小全制動力以上であり、かつ、その二倍より小さくすること以外には考えることができないから、原告の上記主張は当たらない。

〈2〉  原告は、引用例1記載の技術的思想をA・B二つのブレーキシステムを有する制動装置に適用すれば、Aのブレーキシステムの各アクチュエータを共用する、あるいは、Bのブレーキシステムの各アクチュエータを共用することで十分であって、A・B二つのブレーキシステムの「全てのアクチュエータを共用する」必要性は全くないと主張する。

しかしながら、引用例1には、「本発明に係る装置は、互に独立して操作される制動装置を備えた他の車両にも好適していることはいうまでもない。」(6頁左上欄10行ないし13行)と記載されており、その技術が、例えば従来周知の「二つのブレーキシステム」を備えた制動装置にも適用可能であることが示唆されている。したがって、引用例1記載の技術的事項に基づいて、従来周知の「二つのブレーキシステム」を備えた制動装置の全てのアクチュエータを同時に作動するように構成することは、当業者が容易に想到しえた事項にすぎない。

3  作用効果について

原告は、本願発明によれば通常走行・緊急停車いずれの場合も二つのブレーキシステムを同時に使用できるので、簡単な構造で脱線のおそれのない安全な緊急停車を行いうるという顕著な作用効果が得られると主張する。

しかしながら、引用例1記載の装置も、制御システム28と制御システム29から成る二つのブレーキシステムを有しており、いずれか一方のみを動作しても、あるいは双方を動作しても、全てのアクチュエータが同時に作動して同一の制動力を得られるものである。したがって、原告主張の作用効果は、引用例1記載の発明においても奏されていうことが明らかでであって、本願発明に特有のものとはいえない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許願書添付の図面)及び第3号証(手続補正書添付の訂正明細書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)  技術的課題(目的)

本願発明は、安全を確保するために所定の最小全制動力を確保する二つのブレーキシステムを有し、急勾配を走行するための鉄道車両、特にラック車両用の制動装置に関する(明細書1頁29行ないし2頁7行)。

公知の制動装置は、二つの完全に独立して作動しうるブレーキシステムを備え、二つのブレーキシステムはそれぞれそれ自体で車両を停止する(すなわち、最小の全制動力を加える)ように構成されている。したがって、この装置の各ブレーキシステムは、そのシステムに関連するブレーキ制御要素によってだけ作動することができる。この種のブレーキシステムは、特にラック車両に関連して公知である(2頁8行ないし14行)。

ブレーキシステムがこのように独立したこつの群に分けられている車両は、それぞれのシステムの乱れの特別な組合わせによって、車両を制動することが不可能になることが、少なくとも理論的にはありうる。例えば、一つのシステムの制御ユニットと、他のシステムの制御ユニットとが同時に故障した場合である。また、すべてのブレーキユニットが同時に作動すれば、比較的大きな最大全制動力を生じ、車両が脱線する危険性を増す傾向がある。したがって、この種の制動装置では、最大制動力は所定の最小制動力の少なくとも二倍である(2頁15行ないし23行)。

本願発明の技術的課題(目的)は、上記のような特定の欠陥の結合が起こりえない、また、車両の確実な停止を妨登ない制動装置を提供することであって、その要素のいくっかが同時に故障しても、残ったブレーキにより確実に停止しうるようにし、公知のブレーキと比較して脱線の危険性を減少することである(2頁24行ないし28行)。

(2)  構成

上記の技術的課題(目的)を解決するため、本願発明はその要旨とする構成を採用した(1頁5行ないし16行)。

すなわち、二つのブレーキシステムは、全ての作動要素と互いに、また全てのブレーキ制御要素と互いに並列に組み合わされ、車両の全てのブレーキユニットによって発生されうる制動力の和は最小全制動力の二倍より小さい(2頁29行ないし3頁3行)。

(3)  作用効果

本願発明によれば、車両の全てのブレーキユニットは停止ブレーキをかけるたびに作用するから、作動上の欠点を伴わずにブレーキライニングの汚れおよび/または作動機構の樹脂処理は少なくなり、その反面、有効な制動力は、車両の確実な停止に必要な最小の制動力より大きく、かつ、全てのブレーキユニットに均一に分散される。制動力を生じるのに用いられるブレーキユニットの数は既知のシステムのものより多く、そのため本願発明は、制動装置のある数の要素が故障した場合でも、一層確実に車両を止められる。一つの故障ごとの制動力の減少は、ブレーキユニットの数が多くなるほど少なくなるので、通常使用しない付加的な安全係数の範囲において既知のシステムにおけるより比較的大きな制動力を有効に利用できる(3頁4行ないし13行)。

本願発明の他の作用効果は、制動力の総和を、二つに分けられたブレーキユニット群を有する既知の制動装置におけるよりかなり小さくできることである(そのような既知の制動装置では、全ブレーキユニットの制動力の総和は、単一のブレーキユニット群によって与えられる最小の全制動力の少なくとも二倍である。)。それゆえ、本願発明は、公知のものより小さい、又はより軽負荷のブレーキユニットを用いることを可能にする。また、本願発明は、作用する制動力の総和を減少することによって、全てのブレーキユニットを同時に作用する際の激しい減速を避けることができる。したがって、材料は軽度の応力を受けるのみであり、ラック車両のギヤはラックの上に登ることはなく、さらに、脱線の危険を少なくすることを目的とした精巧な構造を省くことを可能にする(3頁13行ないし23行)。

2  相違点〈3〉の認定について

原告は、本願発明が「車両の全てのブレーキユニットによって発生し得る制動力の和は最小全制動力の二倍より小さい」と認定して、殊更に「二つのブレーキシステム」という要件を除外した審決の認定は、本願発明が最も特徴とする構成を無視したもので誤りであると主張する。

そこで検討するに、前記の本願発明の要旨によれば、本願発明の「二つのブレーキシステムは全てのアクチュエータ(12)を互いに並列させ、また、全てのブレーキ制御要素(31)を互いに並列させるように組み合わされ」ているのであるから、もはや「二つの完全に独立して作動しうるブレーキシステム」(訂正明細書2頁8行、9行)ということはできない。このことは、前掲甲第3号証によれば、本願発明の訂正明細書には「単に一つのブレーキ制御要素31または一つの緊急弁26が正常に働けば、ブレーキをかけるため全ての正常なユニット7が作動」(同6頁7行ないし9行)すると記載されていることによっても、明確に裏付けられるところである。このように、本願発明の制動装置は、実質的には一つのブレーキシステムとしてのみ作用するものであるから、そもそも本願発明を、その要旨とするように「二つのブレーキシステムを有」する制動装置と特定すること自体に疑義があるといわざるをえない。

これに対し、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例1(別紙図面B参照)には、審決が認定するとおり、

〈1〉  レール走行車両は、二つの回転スタンド2上に支えられた台車を備え、二つの回転スタンド2は、それぞれ二つのホイール・セット6、7を備えていること、各ホイール・セット6、7の全ての車輪それぞれに一組の制動装置9が配設されていること、この制動装置9は、ピストンロッド13が接続されたピストン12を備えた油圧シリンダー11により構成されること、この油圧シリンダー11と、車輪に設けられた制動面に向かって押し付けることができるブレーキ・ジョウ17とによって、複数のブレーキユニットが構成されること(3頁左下欄9行ないし右下欄19行)

〈2〉  全ての油圧シリンダー11は、管路を経由して接続管路21に並列に接続されるとともに、操作装置27に備えられた「緊急制動弁として機能する卸御システム28の制動制御機構33」および「一般的な制動バルブとして機能する制御システム29の制動制御機構33」が、分岐管路22hによって接続管路21に対して並列に接続されていること、したがって、前記複数のブレーキユニットめ各々は、制動制御機構33、33によりブレーキをかける方向に作動されて制動力を加えるように構成されていること(3頁右下欄20行ないし4頁左下欄2行)

〈3〉  車両には二つの運転スタンドが備えられており、各運転スタンドには、それぞれ、制御システム28、29に対応する専用のスイッチ48、49を備えた切換装置44が設けられていること、このスイッチ48、49は、レバー47を操作することにより、あるいは、接続手段(図示せず)を経て、例えば客室から発せられた適当な信号によって、選択的に調節することができること、このスイッチ48、49の選択的な調節により、結果的に前記制動制御機構33、33が作動すること(4頁右下欄16行ないし5頁左上欄19行)が記載されていると認められる。

そして、これらの記載からみて、引用例1には、車両用の制動装置について、全ての車輪に配設された油圧シリンダー11を互いに並列させ、かっ、二つの制動制御機構33、33を互いに並列させるように組み合わせた構成が開示されているとともに、このことから、前記二つの切換装置のいずれが操作されても、また、スイッチ48、49のいずれが動作しても、車両の全ての油圧シリンダー11を同時に動作させるという技術的思想が開示されていることは、原告も認めて争わないところである。

以上のとおり、引用例1記載のレール走行車両は、二つの回転スタンド(ボギー)2のそれぞれに備えられている二組のホイールセット6、7の全車輪にブレーキユニットが配設されており、しかも、二つのボギーに配設されているブレーキユニットの全てのアクチュエータを互いに並列させ、かつ、全てのブレーキ制御要素を互いに並列させるように組み合わせた構成のものであることが明らかである。

そうすると、引用例1記載のブレーキシステムは、厳密な意味において「二つの完全に独立して作動しうるブレーキシステム」といえないが、前記のように本願発明が要旨とする「全てのアクチュエータ(12)を互いに並列させ、また全てのブレーキ制御要素(31)を互いに並列させるように組合わされ」ている「二つのブレーキシステム」とは、実質的に同一の機能をもつ構成であることが明らかである。

したがって、本願発明の制動装置と引用例1記載の制動装置とは、実質的には一つのブレーキシステムとしてのみ機能する点において差異がないから、相違点〈3〉の認定において、殊更に「二つのブレーキシステム」という要件を除外した審決の認定は本願発明が最も特徴とする構成を無視したものであるという原告の主張は、当たらないというべきである。

3  相違点〈3〉の判断について

(1)  原告は、引用例1記載の装置は「一つのブレーキシステム」しか有せず、その制動力の和が最小全制動力の二倍以上になることは本来ありえないから、審決の「引用例1記載の制動装置の制動力の和は、従来周知の独立してそれぞれ作動しうる車両の二つのブレーキシステムの全てのブレーキユ千ットによって発生し得る制動力の和である最小全制動力の二倍より小さいのは当然」という説示は、何ら相違点〈3〉の判断の論拠になっていないと主張する。

しかしながら、引用例1記載のような制動装置においても、その全制動力を安全な範囲内の値に設定しなければならないことは当然であるが、この全制動力の安全な範囲内の値は、同時に作動するブレーキシステムが単数であろうと複数であろうと全く変わりがないことは技術的にみて自明である。したがって、相違点〈3〉に係る本願発明の構成も格別なこととは認められないとした審決の判断には、何らの誤りもない。

(2)  また、原告は、引用例1記載の技術的思想をA・B二つのブレーキシステムを有する制動装置に適用すれば、Aのブレーキシステムの各アクチュエータを共用する、あるいは、Bのブレーキシステムの各アクチュエータを共用することで十分であって、A・B二つのブレーキシステムの「全てのアクチュエータを共用する」必要性は全くないと主張する。

しかしながら、引用例1記載の制動装置は、厳密な意味において「二つの完全に独立して作動しうるブレーキシステム」を有するといえないが、前記のように本願発明が要旨とする「全てのアクチュエータ(12)を互いに並列させ、また全てのブレーキ制御要素(31)を互いに並列させるように組合わされ」ている「二つのブレーキシステム」とは、実質的に同一の機能を有するものであって、前記認定の2組の切換装置のいずれが動作しても、また、スイッチ48、49のいずれが動作しても、前記車両の全ての車輪のアクチュェータは同時に動作するから、引用例1記載の技術的思想を原告のいうA・B二つのブレーキシステムを有する制動装置に適用して、A・B二つのブレーキシステムの「全てのアクチュエータを共用する」構成に想到することに格別の困難があったとは考えられない。

したがって、「従来から知られた車両用の制動装置の2つのブレーキシステムが有する複数のブレーキユニットを、引用例1に記載された技術的思想のように全てのアクチュエータを共用するようにする(中略)ことは、当業者が容易に発明することができた程度のものと認められる。」とした審決の判断は、正当として是認しうるものである。

4  作用効果について

原告は、本願発明によれば二つのブレーキシステムを使い分ける必要がなく同時に使用することができるので、簡単な構造でありながら脱線のおそれのない安全な緊急停止を行うことができるとの作用効果を得ることができると主張する。

しかしながら、前掲甲第4号証によれば、引用例1には、「本発明に係る切換装置によれば、制動操作を実施するに好適した制御システムひとつだけが完全であるかあるいは並列に接続された制動制御機構ひとつだけが正しく接続されている限り、複数の制御システムが故障したときでも制動装置を操作することができる。」(2頁左下欄16行ないし右下欄1行)と記載されていることが認められる。したがって、原告主張の上記のような作用効果は、引用例1記載の構成からも当然に予測しうる事項であるから、本願発明に特有のものということはできない。

5  以上のとおりであるから、審決の認定判断は正当として肯認しうるものであって、本願発明の進歩性を否定した審決に原告主張のような誤りはない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間附加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面 A

第1図は本発明によるブレーキを有する動力ラック車両の平面図、第2図および第3図は第1図の一部を拡大して示した図である。

図中、7…ブレーキユニット、11…ブレーキ、12…アクチュエータ、20…作動ライン、21…リングライン、23…供給ライン、24…圧力媒体源、31…ブレーキ制御要素、32…解放制御要素。

〈省略〉

別紙図面 B

1……台車、2……回転スタンド、3……フレーム、4……ばね、5……サイド・ベアリング、6、7……ホイール・セフト、9……制動装置、11……油圧シリンダー、11a、11b……シリンダー 、12……ピストン、13……ピストン・ロツド、14……圧 ばね、15……コンソール、16……両腕レバー、17……プレーキ・ジヨウ、21……接続管路、22……操作管路、22a、22b、22c、22・……管路区面、22f……分岐管路、22h、22k……  管路、23……ボンプ、24……管路、25…… 圧器、26……オイル・タンク、27……操作装置、28、29、30、31……制御シスチム、33、33a……制動制御機構、33′……運断機構、34……解除制御機構、35…… し弁、36……圧縮ばね、37、37’、38…… 通穴、41……調節装置、42、43……接続導線、42a、43a……創御導線、44……切換装置、45……電源、47……レバー、48、49、50、51……スイッチ、53……切換装置、54……常用の切換装置、55……カム・デイスク、56……調節部材、57……スイツチ、

〈省略〉

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